アリックスパートナーズ

第2回:NYで体感するOne-firm Firmのリアリティ

アリックスパートナーズ
シニア・バイスプレジデント 渋谷 京子
PROFILE

イギリスの大学院を修了、帰国後にBig4系ファームのトランスファープライシング(TP)部にてキャリアをスタートさせる。NERAエコノミックコンサルティングに転職した後は、TPを軸に専門性を磨く。2012年、アリックスパートナーズ東京オフィスのFinancial Advisory Service (FAS)チーム立ち上げと共に、参画。FCPA(海外腐敗行為防止法)に関するグローバルプロジェクトに参加以降、同分野を含む不正調査・コンプライアンス領域に興味をもち、それ以降いくつかの海外プロジェクトを経て、2018年にアリックスの東京オフィスからニューヨークオフィスに転籍。

目次
  1. -グローバルプロジェクトに参画し甘さを痛感
  2. -「NYでもっと自分を試したい」転籍を決意
  3. -オフィスの場所は関係ない、全員が“アリックス人”
グローバルプロジェクトに参画し甘さを痛感
グローバルな企業再生のエキスパート集団として、業界の最先端を行く「アリックスパートナーズ」。今回は、東京オフィスに入社しながら、自分の専門性を磨きたいと米国でのプロジェクトへの参画を希望し、ついにはNYオフィスへの転籍を実現されたという、まさに“One Firm Firm”を体現されている渋谷様にインタビューを敢行しました。アリックスパートナーズが真のグローバルファームであることがよく分かるエピソード満載です。
最初に、渋谷さんのご経歴からお話いただいてもよろしいでしょうか。
渋谷
私は日本で学士号を取得して、その後イギリスの大学院に行きました。修士取得後に帰国し、Big4系ファームのトランスファープライシング(TP)部でキャリアをスタートさせました。2年ほど経った頃に、TPにも統計や経済的な分析を取り込めることを知り、同分野で定評のあるNERAエコノミックコンサルティングに転職しました。ここでも軸になる仕事はTPでしたが、少数精鋭なファームでしたので、時には知財の損害賠償額算定や独占禁止法関連の仕事も経験出来ました。2012年7月、アリックスパートナーズの東京オフィスがFASチームを立ち上げるとなった際に、NERAから移ることになりました。ですので、実はそれまではアリックスのアの字も知りませんでした(笑)。ただ、東京オフィスの野田(努MD)や海外オフィスのシニアメンバーと面談をする中で、すごくフラットで面白そうなファームだなと感じたのは事実です。
珍しい経緯ではありますが、ともあれアリックスの東京オフィス社員として入社されました。その後ニューヨークでのプロジェクトに関わるようになったと伺っていますが、それはいつ頃からだったのでしょうか?
渋谷
2016年ですね。それまでも、グローバルプロジェクトの一部として日本子会社を担当して欲しいとか、タイムラインの厳しいプロジェクトの際は、時差を利用してアメリカの勤務時間外に彼らの仕事の引き継ぎを行うといった要請があると私が担当する、といったケースはよくあったのですが、実際に私自身がニューヨークに赴いてプロジェクトに参加したのは2016年からです。海外大学(院)卒=海外に出たいという方程式は私には当てはまらず、当時はあくまで海外で活躍する日本企業に貢献したいという気持ちでしたので、正直言うと海外オフィスに移りたいとまでは思っていなかったんです。それが変わるきっかけになったのは、入社3年目にアメリカ企業のFCPA関連のグローバルプロジェクトに参画したことでした。そのプロジェクトで私は日本子会社に常駐しFCPA関連の分析をすることになったのですが、東京オフィスからは私一人が入り、たまにアメリカからディレクターが来てくれるくらい。日本語が分かるのは私だけですし、日本独特の企業文化などもあるので、そのディレクターは私を信頼して主導権を持たせてくれました(もちろん適宜サポートやチェックはありました!)。しかし、それは同時に分析もレポーティングも、すべて私の肩にかかるということでもあったんです。この時に自分の甘さを痛感したんですね。知識も不足していたし、プロジェクトに明確に貢献できるだけの英語力もなかった。自分への自信もなくなり、悔しかったですね。

結局このプロジェクトは1年ほど続いたのですが、ここでグローバルなマインドがかなり鍛えられました。そして、自分としてはFCPAを含む不正調査の専門性を磨きたいので、グローバルのプロジェクトでもっと働きたい、ということを深沢(政彦MD)やキャリアコーチ、海外のシニアメンバーに相談しました。これらの分野は弊社のアメリカオフィスやヨーロッパオフィスではすでに大規模に展開していましたが、日本にはまだ土台がなかったので、経験を積むには外に出るしかない、と。
そのご希望が叶えられたということですね。
渋谷
アリックスパートナーズは“One-firm Firm”を一つのキーワードとして展開しており、PLも各国ごとではなくグローバルで1つですので、オフィス間での利益の取り合いといった明確なハードな制限はないんです。私が海外プロジェクトへ参加したいと伝えると、まず第一にそれがクライアントのためになる、そして私という一人のプロフェッショナルのキャリアデベロップメントのためになるのであれば、ということで真剣に考えてくれます。その結果、ニューヨークでのプロジェクトに参加することが出来ました。

そのプロジェクトは、あるグローバル銀行のAML(アンチマネーロンダリング)関連のものでした。その銀行が米国金融当局からAML違反で調査され、その後の和解条件の一つとして「独立した第三者機関を2年間モニターとして受け入れる(モニターシップ)」という項目があり、その第三者として選ばれたのがアリックスだったんです。そういう大規模かつ長期間プロジェクトに最初から入れてもらえたのは、私にとってはラッキーなことでした。
チームはどんな編成だったのですか?
渋谷
ニューヨークとヨーロッパ、最終的にアジアにもチームが立ち上がったのですが、各地域に15~20人で活動していました。一口にAMLのモニターシップと言ってもファンクションはかなり広いので、トランザクションを見る人、監査機能を見る人、ガバナンス機能を見る人…といった形で分かれていて、私はトランザクションチームに入っていました。入った当初、タイトルとしてはアソシエイト(現在のバイスプレデント)でしたが、アメリカではシニアとジュニアの境界がアジアより更に薄いと言いますか、担当する仕事についてはその人が一番のプロフェッショナルであるべきという考え方なので、非常にフラットに意見を交わしていました。20代のアソシエイトが50代のMDの意見に、すごい剣幕で「No! No! No!」と言っているのもよくあることでしたが、MDも筋の通った意見であればきちんと受け入れていましたし、クライアントミーティングにジュニアメンバーだけで向かうこともよくありました。
そういった職場環境の違いは、慣れるまで大変そうですね。
渋谷
ニューヨークに来て、特に最初の半年くらいは、自信ない病が再発しました(笑)。AMLを本格的にやるのは初めてでしたので知識もなかったですし、やはりニューヨークで生き延びる英語力もなかったですね。仕事で頑張ろうと思っても、それ以前に、仕事内容の指示を聞き取れるか、ちゃんと理解しているかが不安で、毎日生き延びるだけで精一杯でした。当初そのプロジェクトには数カ月の予定で参加していたのですが、期間が終わりに近づくにつれて、こんな状態で過ごしただけで日本に帰りたくないな、と思うようになりました。かといって、自分から延長を願い出ていいようなレベルなのかも分からず、なかなかその思いを口にすることが出来なかったんです。

そんな時、たまたまチームディナーがあってMDと話していたら、急に「もっとここに留まりたいんでしょ」と言われました。そのMDには分かっていたんでしょうね、私も実はそうなんだということを言ったら、あっさり「OK」と。それから別のディレクターとも話をしました。そこで、今の自分はチームの足手まといになっていないだろうか、と不安を率直に伝えたところ、そのディレクターは一言、「足手まといだったら、今あなたはここにいないわ」と。その言葉にすごく救われて、おどおどしていた気持ちが吹っ切れました。それまでの指示されたことを間違えないようにやろうという姿勢から、いかにプラスアルファの価値を生み出せるかを考えるようになったんです。それから、少しずつですが分析結果や自分の考えを、自信を持って英語で伝えられるようになっていきました。

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企業プロフィール

アリックスパートナーズ

1981年、ジェイ・アリックスによって米・デトロイトに設立された、企業再生の世界的プロフェッショナルファーム。一般的なコンサルティングファームと異なり、事業経験豊富な少数精鋭チームをクライアント企業に派遣し、難局に直面している企業に対して具体的な改善を早期にもたらすという独自のコンサルティング・スタイルをとる。現在は北米、欧州、アジアに1700名を超えるスタッフを擁するまでに成長。米国ではゼネラルモーターズ、コダックなど、日本では日本航空、ライブドアなどの支援実績がある。

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