PwCコンサルティング

第3回:海外でのビジネス経験から得られた成長とは

PwCコンサルティング
(左から)鈴木 雅勝 パートナー 所属部門:BT(Business Transformation)
枝元 美紀 シニアマネージャー 所属部門:IPS(Industry Products Services)
小平 大輝 シニアマネージャー 所属部門:FS(Financial Services)
PROFILE

(鈴木)大学卒業後、ITベンチャー企業を経て当時のPwCコンサルティング(現日本IBM)に入社。 その後、外資系大手コンサルティングファームへの転職や独立起業を経て、2009年より現在のPwCコンサルティングに再ジョイン。2016年から約2年間、ドイツ・デュッセルドルフに駐在し、在欧日系企業向けに幅広いコンサルティングを実施。現在は、重工業・産業機械メーカーへのコンサルティングプロジェクトに従事。

(枝元)大学卒業後、電機メーカーに入社。海外営業部で、13カ国17拠点を対象とした販売物流業務を担当。2003年よりPwCコンサルティングに入社し、フロント、バックオフィスの業務改革、グローバルERP導入などのシステム案件、PwCコンサルティングのグローバル組織改編を社内でリードする経験などを経て現在に至る。2016年から約2年間、米国・ヒューストンに駐在。

(小平)2010年に新卒でPwCコンサルティングに入社。サプライチェーン関連の業務改善プロジェクトなどを手掛けた後に、金融サービス事業部に異動し金融機関向けコンサルティングに従事。主にM&A後の統合や企業グループ内ビジネス再編に伴うビジネストランスフォーメーションに従事。2016年から約3年間、米国・ニューヨークに駐在。

目次
  1. -ビジネスの場であれほど“教養”を求められたことはなかった
  2. -多様なメンバーとの活動は丁寧なコミュニケーションがカギ
  3. -マイノリティの立場に身を置くことで人間的にも成長
ビジネスの場であれほど“教養”を求められたことはなかった
世界的なプロフェッショナルファームとして知られるPwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)では、各国に広がるネットワークの力をクライアントへのさらなる価値提供につなげるべく、「グローバルモビリティ 」と呼ばれるプログラムを通じてグローバル人材の育成に力を入れています。今回は、デュッセルドルフ、ヒューストン、ニューヨークでそれぞれ海外勤務を経験したコンサルタント3名にお集まりいただき、現地での働きぶりや多国籍メンバーとのコミュニケーション、そこから得られたものなどについてお伺いしました。
本日は「グローバルモビリティ」という大きなテーマをいただいておりますので、そちらを踏まえてお話いただければと思います。簡単な自己紹介をお願いできますでしょうか。
鈴木
これまでのキャリアはベンチャー/スタートアップとコンサルティングファームを行ったり来たりですが、年数にするとコンサルの方が多くなりました。PwCコンサルティングへの在籍は11年目になりまして、2016年からの2年間はドイツに赴任していました。現在はビジネストランスフォーメーションに所属しています。

枝元
私は電機メーカーの海外営業部からキャリアをスタートしました。主に海外現地法人や販売代理店に対する販売物流業務を担当していましたが、外部コンサルタントと自社の基幹業務・システムを刷新するプロジェクトで協業する機会もありました。その時のグローバルな実務経験をさまざまな企業へのコンサルティングに活かしたいと考え、2003年にPwCコンサルティングへ転職しました。入社後はフロント、バックオフィスの業務改革、グローバルERP導入などのシステム案件を行っていました。PwCコンサルティングでは2016年に米国、中国、日本の3カ国で大きな組織改編があり、社内でリードする立場を経験しました。組織改編の狙いの一つにコンサルタントを流動的にグローバルで交流させてサービスラインを強化しようという施策があり、私自身も米国に赴任するチャンスをいただきました。

小平
2010年に新卒でPwCコンサルティングに入社して、最初はオペレーションズという部門に配属されサプライチェーンまわりの業務改善・ERP導入などを約3年手掛けました。入社当時からから海外で働きたいという想いはありました。その後FSと呼ばれる金融機関向けコンサルティング部門に異動して1年ほどたったところでニューヨークへの赴任が決まりました。出張ベースで行っていた時期も含めると、4年弱くらいニューヨークで働き、2019年に東京事務所に戻ってきました。
ありがとうございます。ではお一方ずつ詳しいお話を伺っていきたいと思いますが、鈴木さんは最初にドイツ赴任の話を聞いてどう思われましたか?
PwCコンサルティング鈴木雅勝氏インタビューカット
鈴木
この時はPwCドイツ法人側に、日系企業向けのビジネスオポチュニティがあるため日本人コンサルタントのパートナーが欲しい、という明確なニーズがありました。そこで、パートナーの中で比較的若手だった私に声が掛かったようです。実は私自身はそれほど海外志向がなかったのですが、想像もできない新しい経験を楽しめると期待してドイツ行きを決心しました。
現地ではどんなお仕事をされていたのですか。
鈴木
前任者がいるわけでもなく、そもそも本当のオポチュニティが何なのかを見極めることも期待されていたので、まずは多くの現地日系企業のトップ、あるいはそれに準ずる方たちにお会いして、現地でのビジネスイシューは何かを把握することに努めました。私が赴任したデュッセルドルフ事務所には、ドイツ滞在歴が30年近くになる現地採用の日本人の方がいたんですね。この方は、現地の日系企業の方が何か困ったことがあるとまず相談しに行くような、日系企業のよろず相談員のような存在でした。その方と一緒にいろんな企業の方々にお会いするというのが最初の仕事でした。
日本における営業活動と比べて、どのような難しさがありましたか。
鈴木
ひとつは単純に、コンサルティングの対象が日本にいた時とは比べものにならないくらい幅広くなったことです。業務改善、営業戦略立案から人事労務に至るまで、海外現地法人で困っているあらゆる課題を手掛けましたし、もともと私は製造業のクライアントがメインだったのですが、金融や運輸、政府系機関とさまざまなところからご相談をいただくようになりました。自分の得意分野だけに対応すればいいという状況ではなかったので、ストレッチを余儀なくされましたね。

もうひとつ難しかったのは、クライアントとの関係作りの面です。特に駐在歴が長い現地トップの方の場合、どなたも欧州に対してのインサイトがすごく深いので、その方たちとの会食では常にプレッシャーを感じました。なぜなら、会話の中で必ずヨーロッパの文化、歴史、政治、経済についての話題がのぼり、こちらにも意見を求められるからです。当時はちょうど英国でブレグジットの可否を問う選挙が行われるころだったので、会う方みんなにブレグジットをどう考えるかを聞かれ大変でした。私はサッカーが好きなのでドイツサッカーの話はできるのですが、その話題で座を取り持つことができるのは最初の5分まで。それ以降は完全に聞き役になってしまう。これは日本ではなかったことで、正直かなりきつかったです。それで、長らく読んでいなかった現代史の本などを電子書籍で片っ端から読んで、必死に勉強しました。ビジネスの場で、“教養”というものをあそこまで求められたことは自身のビジネスライフで初めての経験でした。
本業であるコンサルティング以外の部分にも、日本との違いがあったと。
鈴木
もちろん先方にはまったく悪気はなく、「こんなことも知らないのか」というようなことを言われたことはありませんが、私自身の感覚として「もしかしたら、次からは会うに値しない人間だと感じさせてしまったかもしれない」という危惧がありましたね。それと、ブレグジットの話をもうひとつすると、ドイツ人のパートナーから「お前の視点は英国側ばかりで、大陸側じゃない」ということはすごく言われました。日本にいると分からないですが、ドイツ人から見ると日本人が受け取っているのは英国発信の英語の情報ばかりで、公平でないということなのです。そもそもEUの盟主であるドイツと、そこから出ていこうとしている英国ですので対立があるのは当然なのですが、その感覚を理解するのは難しかったですね。

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企業プロフィール

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最上流の経営戦略立案から、その実現までのあらゆるフェーズでコンサルティングサービスを提供している総合系ファーム。2016年3月に行われたPwC Japanの組織改編によって、プライスウォーターハウスクーパースのコンサルティング部門、プライスウォーターハウスクーパース・ストラテジー(旧ブーズ・アンド・カンパニー)、プライスウォーターハウスクーパースPRTMマネジメントコンサルタンツジャパンLLCが統合され、新生PwCコンサルティングとして設立された。

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